「石の上にも3年」と1年8ヶ月。
「猪苗代学」が始まって今年度で5年目。
正確にいうと、この11月で4年と8ヶ月。
12月で4年と9ヶ月……。
次の桜の季節を迎えるころには、まるっと5年の月日を重ねることになります。
金曜日の5・6校時目。
猪苗代高校では、週2コマという授業時間を「地域探究」活動にあてて、その「学び」を重ねてきました。
現在の探究担当者が猪苗代高校に赴任したのは、この「学び」がはじまって2年目。
様々なプログラムが、まだまだ点と点だった時期。
それでも一つひとつの活動は、そこに時間を費やす意義を感じさせるものばかりだったように思います。
そして、その「学び」は丁寧に試行錯誤を重ね、今年度で5年目。
いつ、何かがきっかけで途絶えたっておかしくはなくて。
一つのことを5年続けるって、なかなか大変なことだよなあと改めて感じています。
立ち上げた当時の関係者の皆さまや先生方が思い描いた「現在」になっているかはわかりませんが、時間をかけ続けてきた意味についてはしっかりと検証したい。
その上で、「その先」へと進むべきタイミングが今なのだろうと感じます。
「その先」に進むために企画したいくつかの活動の一つが、11月2日にはじめて開催された『学びの収穫祭』。
収穫祭。
いわゆる「文化祭」とも少しだけ違いました。
仮装行列やお化け屋敷もありませんし、生徒たちは、バンド演奏もしなければ、流行りのダンスもおどりません。
今どきの高校生たちからすれば、
「もっと好きなことやらせてよー」なんて不満の一つも出てきそうな気がしないでもありませんがーー。
それでも、そんなイベントのために、生徒たちは週末や放課後の時間も積極的に活動を続けました。
我々、教員陣はと言うと、
「ほらほら、がんばろうか」なんて言葉で生徒たちを鼓舞しながら、活動の様子をながめます。
あまりにのんびりと作業をしている様子に焦ったり、実は計画的に動いていることを知って感心させられたり。
思い返せば、ここ数ヶ月はなかなか感情的にも落ち着かない。
そんな日々の連続だったように思います。
これが良いとか悪いとかが言いたいのではなく。
「猪苗代学」初年度よりお関わりいただいている
『一般社団法人Bridge for Fukushima』の沓澤(くつざわ)さんから
「先生これ見てみてください。事務所で今日の準備をしていたらこんなものが出てきてーー」
「これは見てもらわなきゃと思って、持ってきちゃいました」
と声をかけていただいたのは、収穫祭を一週間後に控えた『進学フェスinふくしま』でのこと。
※『進学フェスinふくしま』10月26日土曜日、県内入学者選抜試験において全国募集を実施する県内4校が集まり実施。
見せていただいたのは、
5年前、地域探究『猪苗代学』の1期生によって作られた「発表模造紙」を撮影したもの。
目を通すと、現在でも形を変えながら実施を続けている「観光フィールドワーク」を終えてから、学習のまとめとして作成した模造紙だとわかります。
すきまを埋めるように描かれた大きな文字と絵。
アニメの猫型キャラクターの姿も見てとれます。
書かれた文字は「誰かに読んでもらうこと」を意識した文字ではなさそうなーー
そんな印象を持ちました。
「いちばん上のタイトル部分を完成させるのに『3週間』
かかったんです。この一番うえの部分」
「全体が完成するのにも1ヶ月以上かかってしまって」
「どのタイミングで区切ったらよいか、こちらも試行錯誤の段階でしたね。
生徒たちも、『まとめる』って何を書けば良いんだろうって感じだったんだと思うんです。
結果として、なんとか完成したのがこの模造紙たちなんです」
きっと、その通りだったんだろうなと素直に受けとめることができます。
昨日まで「出身地」を聞かれたときくらいしか意識をすることがなかったであろう「猪苗代町」という言葉。
それが、急に「『学び』の対象」になる。
そもそも「地域」について学ぶってなんだろう?
「さあ、フィールドワークに行ってみて、何を感じたか自由にまとめてみよう!」と言われても、
きっと当時の生徒たちにとっては、これが精いっぱいだったのだろうと推察することができました。
「この過程は過程として大切だったと思うんです」
「これがはじまりで、今の『猪苗代学』があるんですよね」
「生徒もスタートだし、大人にとってもスタートがこの『模造紙』だったなとーー」
同じような活動をしていた前例があれば、きっとある程度の見通しの中で、伝えられる「言葉」も変わってくる。
でも、それがはじめての学年だったとしたら。
はじまりがあって、一年いちねんが重なって、「今」になる。
新たに何かをはじめるためには、「辛抱強さ」が肝要。
投げかけては、生徒から返ってくる「言葉」を待って。
返ってこなければ、一度立ち止まって、また待つ。
それがどれだけ大切なことかを、この「模造紙」が語ってくれているように感じます。
「探究」の時間だけでは、きっと「変容」は起こらない。
「『石の上』にも辛抱強く居続けたら『何か』が見えてくるだろう」って3年間はとうに過ぎ去り、今や「学び」は5年目に入り、その月日を重ね続けています。
これらの「学び」は現在、「探究の時間」に留まらず、各教科にも派生しています。
いや、「教科以外」にもそれらは広がっているかもしれません。
『猪苗代学』における「学び」の本質を大人たちが理解すること。
理解とまではいかなくとも、肯定的に。
まずはその「学び」と向き合ってみること。
向き合った結果、「それら」が実は「探究の時間」に留まらず、自分たちのテリトリー(各教科)にも応用し得る「学び」であることに、大人たちはきっと気がつきます。
それに気がついた教員が増えれば増えるほど、「学び」の相乗効果はどうなるか。
もちろん、言うまでもありません。
『哲学対話』と呼ぶことはないけれど。
投げかけられた答えのない「問い」に協働的に向き合う。
それらの時間を生徒たちは、誰も『哲学対話』などと呼ぶことはありませんし、私もそう呼んではおりません。
呼ぶことはありませんが、
「探究活動」から派生して、様々な活動において「やっていること」って、実は「そういうこと」だよなという自覚は少しあります。
そう、例えば「国語」の授業では365日、毎時間、隣り合う生徒が違います。
生徒たちはそんな日々の中で、目的の違ったさまざまな「問い」に対し、日によって「異なる他者」と協働しながら向き合うことになります。
それは、いつだって、どんな相手とだって、自分たちの考えを「伝え合うこと」が世の中で必要とされる「社会性」であると考えるから。
プライベートや日常での人間関係がどうであれ、その時間は「同じ目標」の中で、建設的に相手の言葉に耳を傾ける。
自分の考えとの「違い」を互いに共有し合う。
そして、相手を認める。
生徒たちは、呼び名のないそんなルーティンを当たり前のように、日々こなしています。
そして、それらの指導観は国語の授業に限らず、ほぼすべての教科において積極的に取り入れられています。
そう、まさにそれは、この5年目を数える「探究の時間」がきっかけとなって、「当たり前」となった日常の一つかもしれません。
それは、すべての教育活動においてーー
それらの「当たり前」は、『猪苗代学』がなかったとしたら、今ほど猪苗代高校に根づくことはなかったかもしれません。
でも一つだけ、確かに言えることがあるとすれば、
『猪苗代学』を通しての生徒たちの変容を、先生方は普段から目の当たりにしていてーー。
だからこそ、それらの「協働的で深い学び」を、自信を持ってすべての教育活動にも応用することができているのだろうということ。
「探究の時間」だけで、生徒や学校が変わることは難しいでしょう。
「教育」って、きっとそんな単純なものではないですもんね。
でも、「探究の時間」をきっかけとして、それ以外のさまざまな「学び」に探究的な要素が付加されるとしたら。
それって、とてもとても前向きな成果と言えるのではないでしょうか。
11月2日の『学びの収穫祭』では、一年生たちが「観光フィールドワーク」での「学び」をまとめた模造紙を掲示しました。
5年前のそれと違うことはーー
先輩たちだってそれをやってきたのだという「重なり」を、生徒も大人も認識できているということ。
『学びの収穫祭』を終えて、次のターンへと歩みを進めようとしている地域探究「猪苗代学」。
各学年、各グループ、個人と、いろいろやらなくてはならないことが、実は待っています。
そこには、自分たちの学年が「はじまり」となる活動も。
11月上旬。
会津磐梯山の頭の方がうっすらと白くなりました。
季節も一つひとつ進んでいきます。
さあさあ、がんばろう猪高生。